教育研究グループ支援(研究成果報告)
研究の概要
よりよい人間関係を築いていく力の育成
1.主題設定の理由
「生きる力」の育成が叫ばれて久しい。この「生きる力」について、学習指導要領では、「変化の激しい社会において、人と協調しつつ自律的に社会生活を送ることができるようになるために必要な、人間としての実践的な力である、豊かな人間性を重要な要素としている」とある。大人でさえも、人と協調し、よい人間関係を築くのが容易ではない時代である。多くの大人や子どもと関わる社会生活の第一歩である小学校において、他者と正しく関わっていく力を育成することは、読み書きと同等に重要なことである。われわれが勤務する小学校においても児童を取り巻く社会環境や家庭環境の変化から、児童が日常の生活あ経験において人と関わる経験が希薄になってきている。こうしたことが背景として、自分の思いを伝えられずにトラブルを起こす児童や、友達と適切な関わり合いがもちにくい傾向が散見される。また、教師と関わるのが苦手な児童や、個別支援が必要な児童もいる。そこで、研究主題を「よりよい人間関係を築いていく力の育成」とし、道徳の授業を通して研究を進めることとした。
そもそも、人間関係は、「この相手と良い関係をもちたい(築きたい)。」と思わなければ始まらない。自ら関わろうとする意志と、関わる力(コミュニケーション能力)があって初めて人間関係が成立するといえる。そこで、本校では、他者とよりよく関わっていくための道徳的価値観を重点的に指導するとともに、関わる力を年間を通して育むことを研究の柱とした。
目指す児童像は、自分自身に関すること、身近な人とのかかわりに関することを系統立てて設定した。しかし、生活規範については、児童の発達段階に関わらず個々の状態が大きく異なる。そのため、「あいさつのできる子」「正しい言葉づかいができる子」「時と場に応じた言動ができる子」と設定し、個々の状態に合わせて日頃から指導するよう努めることとした。
しかしながら、「よりよい人間関係を築いていく力」を数値化してその変容を客観的に検証することは非常に難しい。そこで、研究仮説を「児童が自分自身を見つめる場を設定し、以前の自分と比較して、自己がどのように成長したかを実感できるように工夫することで、さらによい人との関わり方を目指す態度を育てることができるだろう。」とした。一人ひとりの児童が道徳の授業の始めと終わり、そして年度当初と年度末で「友達と仲良くしたい」「さらによく関わりたい」という希望や願いをもてるようにすることが、「よりよい人間関係を築いていく力」を育んでいくと考えた。
最後に、研究主題とは異なるが、本研究会は初任から4年次までの教員が多いため、道徳の授業をどのように指導するかという基本的なことをそれぞれの教員が習得する必要があると考えた。そこで、研究を進める際に、研究授業を各分科会で1回行うものとし、同じ分科会の教員が各学級で事前授業を行うこととした。事前授業を行う度に、ねらいを達成するための工夫・改善をし、指導力の向上を図った次第である。
2.研究構想図
4.事前講演会記録
6月7日(火)東京家政学院大学教授 長谷 徹先生
- 低学年から高学年になるにつれて、道徳離れがおきやすい。理由の一つは、授業が硬直化、画一化されがちだということ。例えば、副読本の資料を提示したあと、登場人物の心情をいくパターン。これを否定はしないが、教師がこれを道徳だと思い込んでいる。「なぜ、どうして」を避けてしまって、児童が自分の内面を見つめて語ったり、心のゆれを感じたりする機会がない。また、昨日起きたことをとり上げて解決する、いわゆる生活指導的な内容の授業でよしとしてしまう場合もある。体験との関わりを重視するあまり、道徳授業の特質を逸脱してしまうこともある。
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今回の指導要領改訂で、道徳において大きく変更はない。ただし、念をおされていることはある。それは、「道徳の時間を要として、学校教育全体で行う」ということ。他教科と密接につながった授業をしていく必要がある。また、「自己の生き方についての考えを深め」という文がある。これまでは、自覚(分かった!という感覚)があればよいとされていたが、今後は、自覚したことを自分の生活に出す、つまり思いを行動で表せる姿を養っていく必要がある。では、「道徳的実践力」とは、具体的にどういう姿か例を挙げる。
「自律」
5年男子Aくん→教室でさみしそうにしている。
5年男子Bくん→その姿を見つけて「おい、どうしたんだ?」と自分から声をかける。
「他律」
5年男子Aくん→教室でさみしそうにしている。
それを見つけた先生→「おい、Bくん、Aくんがさみしそうだぞ、声をかけたら?」
5年男子Bくん→(先生に言われてから)「A、どうしたんだ?」と声をかける。
望ましい行為が内面から出てくる姿を育てていきたい。
また、道徳的実践力が育っていくには6段階がある。「習慣」の段階までを就学前に身に付けていることが望ましいが、そうでない子供が増えている。これに対しては、教師が指示をする、手本を見せることで本来は親がするべき役割を担っていくしかない。
- 実践力に基づいて実践される場が学校である。将来、適切な行動をとれる、その資質を育てていくことが求められる。その上で、教師がむなしさを感じてしまうことがある。例えば、授業中の返事はとってもよいのに、生活にすぐ直結しない場合である。すぐに行動に移せなくても、それが善いことだ、悪いことだ、と感じられる子を育てていけばよい。
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道徳の指導は、以下の3つの要素が抑えられていれば、常に副読本の資料を使わなくてもよい。
- ねらいとする道徳的価値を理解する。(分かる)
- ねらいとする道徳的価値と過去・現在の自分について考える。
- ねらいとする道徳的価値と関わって希望をもつ。(一歩ふみ出す)
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いろいろな物の考え方や感じ方に出会うことが道徳である。そのために、話し合いの工夫をすることが非常に重要である。話し合うことの効果は以下の4点ある。
- 思いや自分の考えをもつ。
- 友達の意見と比較する。(全く異なる、同じ、付け足し等)
- 悩む。(考える)
- 新たな思いや考えをもつ。
この4つがあって、自己の成長を実感できる。話し合いを充実させるためには、自由に意見を表現できる環境づくり(学級経営)が大切である。「こんなことを言ったらまずいかな。」「これを言ったら笑われるかな。」と感じてしまってはうまくいかなくなる。正解がないからこそ、いろいろなものの考え方を出してよいのだ、という喜びを味わえるようにしていきたい。 - 全教育活動にかかわる道徳教育の推進、という手立てもあるし、1時間の中で工夫できる手立てもある。あまり型にはまりすぎず、3つの要素をおさえた授業を創造してほしい。
授業実践
低学年分科会提案
【1】低学年の目指す児童像
・自分の気持ちを伝えられる子
・困っている子に優しい言葉をかけられる子
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研究主題「よりよい人間関係を築いていく力の育成」との関連
よい友達関係を築くためには、お互いを認め合い、思いやり、助け合って生きていこうとする心をもつことが大切である。しかし、低学年の児童の中には、自分の考えや思いをうまく伝えられないために、相手を押してしまい、相手に誤解されていることがある。
また、友達と仲良くすることの大切さは分かっていても、つい一時の感情で友達よりも自分のことを優先してしまうことがある。そして、相手の気持ちを考えずに自分中心の言動をとってしまい、相手に悲しい思いをさせてしまうことがある。
以上の低学年の実態を考えて上記の目指す児童像を設定した。
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低学年の目指す児童像について
自分の気持ちや思いを友達にしっかりと伝え、話し合い、仲良く生活していくことのできる児童を育てたい。また、困っている友達がいたら、温かい言葉をかけ、助けたり励ましたりしようとする態度を育成したい。
児童は、人から助けてもらったり励ましてもらったりしたらうれしい気持ちになるということに気付いている。誰に対しても温かい心で接し、優しい言葉をかけ、お互いに気持ち良く生活することの素晴らしさを実感させたい。そうすることで、友達とよりよい人間関係を築いてほしいと考える。
【2】研究仮説に対する手立て
(研究仮説)
児童が自分自身を見つめる場を設定し、以前の自分と比較して、自己がどのように成長したかを実感できるように工夫することで、さらによい人との関わり方を目指す態度を育てることができるだろう。
(1) 年間の手立て
- 帰りの会で友達ががんばったことを紹介し合う。
- 児童が言われて嬉しかった言葉をカードに書き、「ふわふわの木」に貼り教室に掲示する。
- 友達のいいところみつけを行い、お互いの良さを認め合えるようにする。
(2)授業における手立て
- 事前にアンケートをとり、児童の実態を把握する。
- 資料の絵を掲示し、児童の興味を引き出す。
- 教師の説話を効果的に取り入れ、これからの生活に夢や希望をもたせる
(3)事前授業の報告
3人グループでどんぐりを分ける体験を事前に15分程で行い、本時の授業はその後から始まっている。事前授業を行い、児童の反応をみて発問を絞った。また、ワークシートには3匹のりすの気持ちを吹き出しにして書かせ、それぞれの気持ちを考えられるようにした。ワークシートに記入した後は、話し合いと役割演技の練習をする時間を設け、自信をもって発表できるように配慮した。振り返りでは、身近な体験を話し合って児童に実感をもたせ、これからの生活につなげたい。
第1学年 道徳学習指導案
【主題名】友達を思いやる 2-(2)・思いやり
中学年分科会提案
【1】目指す児童像について
・がまんができる子
・話し合いで決められる子
◎よい友達関係が作れる子
(1) 研究主題との関連
『よりよい人間関係を築いていく力の育成』
1学期に子供たちだけで自転車に乗りゲームセンターへ遊びに行くということがあった。これには、4年生だけでなく3年生の子供たちも関わっている。友達から誘われ、断れなかったという事情があるだろう。また、友達の靴を隠してしまう子や廊下を走ってしまう子もいる。悪いことだと分かっているのだがやめられない。それを注意できない。力の強い子の言いなりになってしまう。このような中学年共通に見られる傾向があることから、上記の目指す児童像を考えた。
(2)目指す児童像について
今回の研究では、3つの目指す児童像の中で『よい友達関係が作れる子』に重点を置いた。よい友達の関係を作るために
・正しいと思っていることが自信をもって行える。
・間違っていることは間違っているとしっかり伝えられる。
・嫌なことは嫌とはっきり言える。
ということが必要ではないかと考えた。また、これらを受け入れられる関係がよりよい人関関係であると考え、このような子に育ってほしいと願った。
【2】研究仮説に対する手立て
(1)年間の手立て
正義や勇気ある行動が支持され認められる学級の雰囲気、誰もが自由に自分の思いや考えを述べられる、また尊重されるような日常的な環境が大切である。
- 朝の会や帰りの会、学級会などでの発表の場を十分にとる。
- 心のノートの活用
- ハッピーレターコレクション
(2)授業における手立て
- 子供たちの日常生活に出てくる場面に近い状況の資料設定
- 役割演技や動作化による場面体験
- 身近な出来事を用いた教師の説話
【3】事前授業の報告
最初は、ぺープサートで資料を提示したが、座席によっては見づらいため、登場人物の顔を黒板に貼って提示するようにした。また、資料後半のお母さんのセリフを2回に分けて提示した。これは、児童が「自分はやらなくてよかった。」から「止めればよかった。」と段階的に考えが深められるようにと意図をもっての工夫である。そこから「では、いつならよかったのか。」ということを考えさせ、誘われた時点で止めていればよかったと気付かせることができた。
第4学年 道徳学習指導案
【主題名】正しいことは思い切って 1-(4)正しいと思うことは、勇気をもって行う。
高学年分科会提案
【1】目指す児童像について
○自分と異なる意見を大切にする子
○積極的に人と関わろうとする子
○自分の特徴を知って、悪いところを改め、よいところを積極的に伸ばす子
(1)研究主題との関連
よりよい人間関係を築いていくためには、自分の立場だけでなく、他者の立場や気持ちを大切にして接していく力が必要である。自分の行動を振り返り、よりよい自分を目指し、積極的に人と関わろうとする児童を育成したいと考え、上記の児童像を設定した。
(2)目指す児童像について
児童は高学年になると多様な考え方をもつようになる。一方で、自分の考えに固執し、自分と異なる意見を受け入れられないことも増える。自分の思いを伝えると同時に、異なる意見にも耳を傾け、よりよい人間関係を築こうとする姿勢を身につけさせたい。また、自己を見つめ、悪い所は改善しようとする、よい所はさらに伸ばそうとする児童の育成を目指したい。
【2】研究仮説に対する手立て
児童が自分自身を見つめる場を設定し、以前の自分と比較して、自己がどのように成長したかを実感できるように工夫することで、さらによい人との関わり方を目指す態度を育てることができるだろう。
(1)年間の手立て
- アンケートで全体の傾向をつかむ。
- 話し方、聞き方の話型を掲示し、習慣づける。
- ワークシートをためて、いつでも振り返られるようにする。
- いいところみつけカードを交換させ、他者のよいところに目を向けさせる。
(2)授業における手立て
- 児童同士で意見を交換する場面を多く設定する。
- アンケートの結果から、児童にクラスの実態を伝えて、課題を実感させたり、自分たちのよさを感じ取らせたりする。
- 身近な環境や場面から、課題を考えさせたり、問題意識をもたせたりする。
- グループでの話し合いや、ワークシートへの記入により、発言が苦手な児童の意見も取り上げあれるようにする。
【3】事前授業の報告
展開前段で、二者の事情を言葉だけで説明したところ、児童の理解が不十分で、意見を十分に引き出すことができなかった。そのため、二者の事情を掲示して、分かりやすくした。児童と教師の役割演技では、児童がより深く考え、価値に迫るための教師の返答について検討を重ねた。