公益社団法人 東京都教職員互助会

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教育研究グループ支援(研究成果報告)

研究の概要

情動協調の観点から見た人間関係の形成とコミュニケーション力の伸長

1.はじめに

通級では、社会的スキル習得の観点から自立活動第3区分「人間関係の形成」4項目が、指導・支援の重点になると考えられる。構造化された環境下では、認知行動論を基盤とした指導・支援が一定の効果を上げている。ただし、通常の学級では、形骸化した行動様式の域を越えられずに苦戦する子供たちがいる。一部地域で行われている、いわゆる適応行動や授業規律の反復練習では、指導者や環境に依存する一時的変化が子供に生じるだけである。また、イベント的になりやすいソーシャル・スキル・トレーニング(小貫、2005)では、状況設定を誤ると、子供が単に台本通りに言動をコピーするロール・テイクが実行されるに過ぎない。

社会的スキル等に関して、特別支援教育としての通級に求められているのは、発達特性に一部の偏りをもつ子供たちに、日常生活で般化可能な内容を効果的に指導・支援することである。

本学級における運動課題では、感覚統合療法(Ayres,A.J.)の考え方を取り入れ、感覚過敏や身体機能のぎこちなさを改善し、環境に対する適切な行動や学習などの基盤となる身体作りを目的としている。特に重力や平衡に関する感覚(前庭覚)と筋肉や関節からの感覚(固有・受容覚)に関わる運動や、目と手・目と足の協応運動に関する活動を組合せて指導している。

また、創作課題では、人間関係の形成4項目を中心に、通常の学級で般化可能レベルの情動協調(Gutstein、2006)の形成を目的としている。特に社会的スキル等に関わる指導は、二者関係での情緒安定を目的とした個別指導が基盤となる。次に、構造化された小集団指導による具体的な言動の習得が展開され、さらに、自由度の高い小集団での試行錯誤へと拡張される。

2.研究の目的

【1】運動課題の目的

運動では、感覚・運動機能、基礎体力、集団参加のための技能と意識、主体的に運動に取り組む意欲の向上を目的としている。みんなと一緒に活動することの楽しさを体感することで、友達と協力して目的を達成するよさを体験することなどを目的として取り組んでいる。
友達と関わることで、楽しい経験を積み重ね、関わることのよさを体験する。

【2】創作課題の目的

自主的に集団活動しながら様々な人間関係の取り方を身に付けるのが目的である。そして、1年生や初めて通級を経験する集団では、意志伝達の基礎となる、感じる、見る、聞く、思う、動く、話す等の活動を通して、気持ちの安定を図り、その後、歌やスピーチ、話し合いや集団ゲーム等、活動内容を指導者と子供たちのアイディアで膨らませていく。その中で、自分の感情の揺れに気づくことと人にかかわる楽しさを体験することがより重要となってくる。自分の感情の揺れに気づくとは、自分の感情が、どんな音、明るさ、肌触りに刺激されるかを体験することと、感情起伏を心拍や呼吸の変化、顔や上半身の緊張等によりモニターし、自らまたは支援を受けて感情をコントロールする手掛かりを体得することである。人にかかわる楽しさを体験するとは、自分の思いと違うことをさせられたり、思わず出てしまった言動により対立場面ばかりが多くなったりした時に、友達関係の悪循環から脱出するため、相手に伝わる拒否、依頼表現を身に付け、トラブル回避を習得し、そうした上で、活動を楽しむことである。

3.方法

【1】運動課題の方法

本学級の運動課題は、感覚統合機能の観点からとらえている。感覚刺激を重要視し、バランスをとる、自分の体をイメージする等の動きを取り入れている。自分の動きから相手の動きを意識して運動に取り組むことも大切にしている。そのため二人組の運動やチームで行う運動でその課題に取り組んでいる。ランニングでは、前後の児童との適度な距離を整列させることで視覚的に支援し、みんなが走っているところを観察させながら、一定の速さを理解させた。

1)指導体制
2)年間指導計画

火曜日)主に自閉症を持つ集団
4・5月)・集合・整列・歩き方・走り方・ドンジャンケン・サーキット運動・集合ゲーム
6・7月)・ランニング・長縄跳び・マット・ドッジボール
9・10月)・ランニング・リズム・ハンドボール
11・12月)・ランニング・力試し・リズムダンス・跳び箱・ハンドボール
水曜日)主に学習障を持つ集団
4・5月)・いろいろな歩き方・動物歩き・集合ゲーム・中あて・マット
6・7月)・ランニング・跳び箱・長縄・中あて・ドッジボール  
9・10月)・ランニング・輪跳び・長縄・バレーボール
11・12月)・ランニング・リズムダンス・マット・短縄・跳び箱・バレーボール
木曜日)主に注意欠陥多動性障害を持つ集団
4・5月)・いろいろなスタート・二人組の運動・リレー・ドッジボール
6・7月)・ランニング・長縄・マット・ドッジボール
9・10月)・ランニング・リズム・ハンドボール
11・12月)・ランニング・力試しの運動・リズムダンス・跳び箱・ハンドボール
金曜日)主に自閉症を持つ集団
4・5月)・集合・整列・歩き方・走り方・いろいろなスタート・動物歩き・中あて
6・7月)・ランニング・いろいろなスタート・マット・ドンジャンケン
9・10月)・ランニング・輪・川跳び・平均台・マット・ハンドベースボール
11・12月)・ランニング・川跳び・アスレチックコース・中あて

【2】創作課題の方法

1)指導体制(3ステージ構成)
2)創作課題の年間指導計画(1.活動内容 2.指導・支援の重点)曜日ごとで異なる。

火曜日:2~3期(主に自閉症をもち子供同士では流動的活動が苦手な集団、中学年9人程度)

  1. Aスピーチ、B話し合い(司会・書記・提案者)、C活動(既成⇒自由)活動リーダー
  2. 4・5月)活動B・Cの役割で成功体験をさせ、自己有能感や集団帰属意識を育む。
    6・7月)自発的な役割実践を称賛し、個々が集団に影響力をもつ体験を積ませる。
    →集団での活動がスムーズにいくように意見が対立した場面では、「これならいい」と思える意見を提案し、子供たちからも教員たちからも称賛される。
    9・10月)主指導者交代により方向性や手順に変化を加え、自主的判断を促進させる。
    11・12月)初発の感情・考えと周囲反応との調整や、他者への貢献の意識を促進させる。
    →集団をまとめる役になり、一人一人の気持ちを聞いたり意志を確認したりして話し合いがスムーズにいくように働きかけることができる。

水曜日:2期(主に学習障害をもち子供同士の関わりも苦手な集団、異学年4人程度)

  1. A話し合い(司会・書記・提案者)、B活動(活動の役割⇒活動リーダー)、Cスピーチ
  2. 4・5月)否定的感情を含めた自己表現の方法を身につけ、集団帰属意識を育む。
    6・7月)複数人数で活動する楽しさを体験させ、自発的な関わり言動を促進させる。
    9・10月)主指導者交代により方向性や手順に変化を加え、自主的判断を促進させる。
    11・12月)活動Cにより自己表現を促進し、活動A・Bの役割で自己有能感を高める。

木曜日:3期(主に注意欠陥多動性障害をもち誤解や対立が多発する集団、高学年7人程度)

  1. Aスピーチ、Bトラスト・アクティビティ、C話し合い(司会・書記・提案者)、Dチームゲーム(リーダー、自由な意見表明、相談)
  2. 4・5月)集団帰属意識に基づいた活動A・Bにより自己表現力や自己有能感を高める。
    6・7月)活動B・Dで他者への貢献とチーム目標達成の関連性を意識させる。
    9・10月)自主的判断による活動展開を促し、対立や競合等の自力解決を積ませる。
    11・12月)精神的身体的負荷の高い集団活動で、感情制御や他者への貢献意識を高める。

金曜日:1~2期(主に自閉症をもち学習や友達関係に困り感のある集団、低学年6人程度)

  1. A絵本の読み聞かせ、B諸感覚を意識的に使う活動、Cジェスチャー・言葉クイズの出題・解答者、Dスピーチ、E役割のある集団ゲーム(オニ、活動リーダー)、F連想クイズ
  2. 4・5月)見通しをもった行動や即時援助のある活動を通して、情緒の安定を図る。
    6・7月)複数人数で活動する楽しさを体験させ、自発的な関わり言動を促進させる。
    9・10月)活動C・Dにより表現活動を促進し、集団活動での自己有能感を育む。
    11・12月)活動E・Fの役割で成功体験をさせ、自己有能感や集団帰属意識を育む。

4.結果と考察

【1】運動課題の結果

事例1は、勝敗や1番にこだわりゲーム等での負けが受け入れられないケースで、思い通りにならない時にも、同様の行動がみられる。そこで、運動課題で予定する活動の見通しを持たせる指導をしながら、思いが通らなくても気持ちをコントロールできるように支援を行った。
ランニングでは、5月には、個別担当者が並走するという支援を受けながら、速すぎたり遅すぎたりしていても前後の2者間で走っていた。9月には、他児の速さを観察させるという視覚的支援によって、前後の2者間でスピードを調整しながら走ることができた。11月には、主指導者の声かけで、他の児童と同じ速さで最後まで走ることができた。
ハンドボールでは、10月には、負けたくない気持ちで自分がボールを持ったら一人でシュートしようとした。12月には、負けたくない気持ちはあり児童同士で声を出しパスを回しながらチームとしての意識を持ち、攻防に参加していた。
通級では、情緒面での安定感が増し小集団での活動や個別の学習に参加できる状況が多くなっている。学習面では、個別担当からの課題を受け入れることや自分で考えた課題に自主的に取り組める状況になっている。創作課題では、積極的に司会や書記の係を引き受けたり発言をしたりする様子から集団に貢献しようとする意思を感じることができた。

在籍校では、取り組むことができる学習が増え課題をやり遂げることも多くなっている。また、行動の切り替えがはやくなっており、学校生活全般に改善傾向が見られる。

【2】創作課題の結果

事例2では、学校生活に馴染みにくい生育環境と学習内容が定着しにくい発達特性をもち、自己防衛的言動が顕著で他者に対して攻撃的になりやすい心理特性があった。

そこで、個別指導で小さな目標達成(学習)の体験を多用し、自尊感情を育てることから開始した。次に、指導者との二者関係を基に、よりストレスフルな状況での対応方法を身に付けさせた。さらに、三・四者(子供3・大人1)活動を設定して年齢相当に近い関わり方に発展させ、小集団(9人程度)活動での自己有能感と集団帰属意識の育成へとつなげていった。

通級では、中休みに自室での独り遊びもあるが、担当者を追いかけて(攻撃的だが相手の様子を見ている)遊んだり数人で基地作りやボール遊びをしたりする姿が増えている。運動場面では、ハンドボールゲームでパスをもらってシュートを入れたりルーズボールに加わったりと、身体接触や対立・競争のある場面でも柔らかい表情が出て運動量が増加している。

在籍校では、登校が規則的になり、個室(保健室や相談室)での大人との活動だけでなく、遊びに来た級友との卓上ゲームや特定曜日・教科へのクラス参加が定着しつつある。さらに、12月には、今まで参加したことのない他教科の学習活動へも参加するようになっている。

【3】考察

本学級では、苦手なことや困っていること自体に関して、場面設定や練習方法や教示方法を工夫して取り組ませる考え方を、基本的には取らない。苦手なことや困り感の下に隠れている要因を推定し、何とかできることや興味があることと組合せながら、小さく・短期間で・実感できることを子供自身に体験させ、自己有能感を伸ばすことを基本方針としている。
運動課題では、勝つことや他者より先んじることで情緒的安定を保つ特性がある事例1について述べている。主指導者は、本児1と前走者や次走者、またはチームメンバーとの友達関係を考慮しつつ、視覚的な手掛かり(並走者やビブス)と聴覚的手掛かり(声かけ)と心理的支援(個別担当による称賛)を組み合わせ、縦列ランニングやハンドボールゲームを扱っている。
創作課題では、否定的感情や他者への非難的言動が顕著な事例2について指導過程が展開されている。主指導者は、本児2の司会進行の手続きを否定することなく支持しながら本児2の存在感を増幅させ、仲間(提案者)への貢献につながる言動を引き出している。また、個別担当が主指導者になり個別支援が減少する環境で、より自立した司会進行へと発展させている。
通級での指導は、特別な環境で手厚い支援の下に学習活動が展開される。ただし、その指導成果の本質は、具体的な知識・技能の習得よりも自己や環境への感じ方・考え方の変化にある。

さらに、その変化の状態は、在籍校の通常の指導の中で定着し生かせるレベルでこそ意義がある。事例1の場合は、在籍校で試行錯誤が必要な学習にも参加できるようになっている。事例2では、在籍校での活動時間や参加教科が増え、休み時間等に遊べる友達が増えている。

〈文献〉
小貫悟(2005):SSTのアイデアと指導上のポイント. 発達の遅れと教育, 579, 20-24.
Steven E.Gutstein,Ph.D.(2006):Relationship Development Intervention.杉山登志郎、小野次朗(監修)ガットステイン、2006 RDI「対人間関係発達指導法」,80

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