公益社団法人 東京都教職員互助会

文字サイズ変更
トップページ > 教育振興事業 > 平成22年度 道徳教育勉強会 研究報告

教育研究グループ支援

平成22年度 第5回 横山先生を囲む道徳教育勉強会 報告

代表者 東大和市立第一中学校
校長 森岡 耕平

勉強会の概要

今回も参加者全員の自己紹介から始まり、それぞれの立場で、どのように道徳に関わり、どのような取組を進めているか、情報交換を行った。
参加者からの発言の中で次の点で、講師の横山先生からグループ研究に先立ち、ご講義頂いた。

  1. 道徳の時間の評価について
  2. 葛藤資料(モラルジレンマ)の取り扱い
  3. 読み物資料のタイプと活用の仕方

続いて、本日の課題となる資料の紹介、グループ研究に取り組んだ。 「私もいじめた一人なのに」を5~6人のグループで資料の読み、ストーリーの展開を分析した。その上で、中心発問は何か、どこで聞くべきかについてグループ毎に話し合った。さらにその中心発問に対して、予想される生徒の反応、意見をできるだけ探り出し、ねらいとする価値項目を絞り、どんな主題が適切かについて話し合った。

各グループごとの研究後、資料の読みと中心発問について発表し合い、全体での検討会を進めた。

その中で、講師の横山先生から、それぞれのグループの発表に対して資料の分析について考える視点やとらえ方、中心発問で聞くべきことは何かについて指導・助言を頂いた。

今回の資料は、回想文としての内容で登場人物としての作者が道徳的に変化する場面がはっきりしていない資料である。

資料の分析から考えると、「菌まわし」という遊びに対して、「かわいそう」と思っていても、「誰か止めないかな。」という思いでいる作者。自分に回ってきたときに、みんなと同じように回してしまった自分。「やめよう」の一言がいつも喉につかえていた様子は、行動面での変化は見られない葛藤の状況である。

やがて、「花の水やり」を手伝い、みんなにいじめられながら、そのいじめる子の花にまで毎朝、水をあげていた少女の姿に胸が苦しくなり、それを手伝った作者。さらにクラスの仲間を誘って、少女の水やりの姿を見せたいと思った作者。鉢を蹴り倒した男子を許せず叩いた作者。なんとかしたいと葛藤する作者の気持ちが少しずつ行動化しているが、それでも「菌まわし」がなくならず、続いていることについて作者は自分の生き方を変えるところまでには至っていない。

自分の関わることに悩み、苦しみ、葛藤する姿は、「起承転結」で言えば「承」にあたる。「転」にあたる部分がつかみにくい資料である。

内容項目4-(3)「公平・公正」をめあてに考えるのであれば、この資料の「菌まわし」という行為について問うていかなければならない。しかし、この資料の中では、十分に「菌まわし」に対して作者の変化がつかみきれないため、取り上げにくい。

そこで考えられるのは、資料の終結のところに、「私は涙が出ました。」と作者が綴っているところがある。ここで、「涙を流しながら自分の生き方をどう考えているだろう。」と問うことが考えられる。ここで生徒たちに考えさせることは、後悔の思いだけではいけない。これからの自分の生き方についてどう考えているかを問うところに意味がある。内容項目で言えば3-(3)「人間として生きる喜び」をめあてとする。

「人間」とは、思いやりとかやさしさなど「人間性」だけでなく、そこに人権尊重の確かな意識が育っていなければならない。「かわいそう」という思いがあっても、その先に人として生きる権利を大切にする意識が問われなければならない。そのことを考える資料として扱うことができる。

今回の資料の読みからも、道徳を考える視点を講師の横山先生から、人間を考える視点としてご指導頂いた。
「授業づくりは、資料の読みの深さである。資料を読むと言うことは人間を読むと言うことである。」という横山先生のことばが参加者のこころに響く勉強会であった。

このページのトップへ