公益社団法人東京都教職員互助会 三楽病院

お知らせ

災害発生時のこころのケア

東日本大震災・教職員のメンタルヘルス支援(座談会)

被災地のメンタルヘルスの現状
聞き手 4月3日の先遣隊の派遣から12月2日の第18班まで、被災地の学校を訪問して教職員のカウンセリングを実施していただきお疲れさまでした。
臨床心理士の皆さんは、9ヶ月の継続的な支援活動を通じて、被災地の状況や相談の内容について、どのような変化を感じましたか。
心理士 4月に初めて被災地を訪問したときには、テレビのニュース映像で見たままの被害を受けた町の様子を目の当たりにして津波の猛威を実感しました。
その後、毎月のように現地を訪問するたびに瓦礫は片付けられ、きれいになっていく町の様子を見ることが出来ました。しかし、更地となってがらんとした何も無い状況は、実は人々の喪失感の源泉となっていることが面談を通して分かりました。
 
心理士 確かに瓦礫が撤去されても家が建たない、朝夕の通勤時に何もない広野を目にするということは普段どおりの学校生活に戻ることが出来ても逆にギャップを感じてしまう、そんな苦労をお話される方がいました。
 
心理士 震災直後は地域や職場で被災者全体が頑張ろうと懸命だったと思いますが、私たちが支援に入った4月頃からは徐々に疲れが出てきていたようでした。
 
聞き手 時間の経過と共に、その変化はありましたでしょうか。
 
心理士 半年を過ぎて再び訪問した秋には、個人差は広がっていたのではないかと感じました。というのは、被害が少なく大丈夫な人の健康度はほとんど回復していましたが、家族や家を失った方の場合には気持ちの整理に非常に時間がかかるという傾向がありました。
あの人は立ち直っているのに、私は未だダメと自責の念に駆られている人や、あの人は被害が少なかったから平気でいられるといった感情が芽生えてしまうケースがみられました。
 
心理士 私は5月に訪問しましたが、学校再開によって日常に戻ることが心の支えとなり、安心感が保たれていくものだと思いました。ところが秋の訪問では、日常を取り戻す気負いや普段どおりの生活を求められることが逆に負担となり、エネルギーが焦りで空回りしているような印象を受けました。
 
心理士 私もそのとおりだと思いました。半年後に再訪問した学校では、様々なケースに対して支援のあり方の難しさに直面しました。心の傷にかさぶたを掛けてきた人たちが、自らの体験を語ることによって心が落ち着くこともありますし、逆に傷口が広がることがあります。
初期と半年後にそれぞれ1回ずつ行ったカウンセリングだけでも個人差・ギャップを思い知らされましたし、支援の難しさを感じました。
 
聞き手 そのような状況の中、面談内容に何か特徴はありましたか。
 
心理士 震災を乗り越えられたと思われる方は、被災状況をストーリー立てて話してくれました。今までの苦労を振り返り、整理して話せる人は安心でしたが、立ち止まっている人は、言葉少なでこちらも未だ深くお聞きする状態ではないと判断いたしました。
 
聞き手 継続的に支援することで、その場に応じてスムーズなカウンセリングが出来たのですね。
 
心理士 それは一概には言えません。
私は管理職のカウンセリングを担当することが多かったのですが、教頭先生の仕事量は大変なものだと複数の学校を訪問して感じました。初期の訪問では、混乱の中、勢いで基本的に全校全員のカウンセリングを行いました。しかし、学校再開後の訪問では、通常の校務に加えて、支援者の受け入れを教頭先生が一手に引き受けて、かえってご負担を掛けてしまったのではないかと気になることもありました。
 
心理士 そうですね。私の印象では、“支援されることに疲れている”といった悩みもあるのかもしれないと思いました。支援を受け入れるということは、結局どこかで本来の時間を削ることであり、厚意とはいえ本音では遠慮したいときもあるかもしれません。しかし、支援を受けている立場ではそれは断れない、そんなジレンマもあったのではないでしょうか。
 
聞き手 1日も早い復興が求められていますが、被災地ではイレギュラーな事柄が常態化して本来と異なるものが日常となってしまっているようですね。インフラの整備と共にこのような状況が解消したときにはじめてもとの生活に戻れたといえると思います。
 
東京からの支援の意義
聞き手 被災地に10回以上も派遣された臨床心理士もいますが、東京との往復でどのような苦労がありましたか。
 
心理士 私は初回から3回連続で派遣されましたが、先遣隊として最初に訪問したときには、不安と緊張の中、被災地に行くこと自体が大変で無我夢中でした。
 
心理士 東京でも臨床心理士として毎日忙しく働いていますが、仕事の仕方が違うのだと意識しました。東京では何度でも相談に乗り時間を掛けて解決に向かうことが出来ますが、支援活動は一期一会のカウンセリングです。
往復の移動には時間がかかりましたが、新幹線の中では気持ちのスイッチを切り替えて集中の度合いを上げるのに、必要な時間だったと思います。
 
聞き手 被災地に何度も訪問すると本当に親近感が湧きますよね。
 
心理士 実際、2度目の訪問で同じ教員の方とお会いすることがあり、元気な姿を見るとこちらもうれしくなりました。震災直後の訪問では、ジャージ姿の先生が次の機会はすっきりとスーツにネクタイ着用で、印象ががらっと変わったといったこともありました。 津波や大火事の恐怖は経験した人でないと共感することは出来ないのかもしれません。しかし、私たち他所から来た人間だからこそ、本音や身内の誰にも話せないことを、たった1回か2回のカウンセリングでしたが、お聞きすることが出来たのではないかと思っています。
東北の美しい町々
聞き手 印象に残る出来事や忘れられない光景があったら教えてください。

心理士 沢山ありすぎて、どんどん思い出されます。
一番驚いたのは、第2班で面談をしていたときのことです。強い余震があり、すぐさま防災無線で津波警報が発令されました。相談相手の先生は平然としていましたが、こちらとしては気が気ではなく、内心カウンセリングどころではない状況でした。
心理士 学校は比較的に高台に建てられているところが多くありました。遠くに見える海は青く静かで何事もなかったような風景ですが、町並みだけが廃墟と化して心が痛みました。新幹線の車窓からは、桜の季節には福島でも仙台でも花開いていました。何があっても花は咲く、当たり前のことですが、気持ちが少し軽くなりました。
 
聞き手 東北の町々が美しい姿を取り戻す日が早く来るとよいですね。
 
心理士 河川を逆流し、校庭まで瓦礫を押し寄せた津波ですが、「海がないのも物足りない」と地元の方がつぶやかれたのが、心に響きました。
 
心理士 南三陸町では、津波被害に遭いながらも営業を続けている宿に泊まりました。高台にあるその宿からはきれいな三陸の海が広がりますが、陸地に目を向けると市街地の跡には瓦礫が高く積まれていました。そのコントラストがあまりにも厳しい現実をしめしていました。長年慣れ親しんできたふるさとの景色を根こそぎ奪われた被災地の人たちの悔しさには比較しようがありませんが、忘れられない光景としていつもでも心に残ることだろうと思います。
 
教職員のメンタルヘルス保持
聞き手 被災地の復興には時間がかかると思います。今後、教職員のメンタルヘルス保持に関して、どのようにしていけばよいのか、アドバイスをお願いします。 
心理士 東日本大震災では広範囲に被害が及んでいます。学校の先生は、児童生徒ばかりでなく保護者や地域の方々の相談ごとをお聞きすることが多い立場でありながら、教職員自身も被災されている方がいらっしゃいます。サポートする援助者と支援の連携をとっていくことが大切だと思います。
 
心理士 通常の校務を自信持ってこなしていくことで、日常の感覚は取り戻していくことが出来るものです。私たちは支援ニーズを確かめながら相談の専門家としてお手伝いすることが出来ればと思います。
 
心理士 私も必要なときに必要なサポートが出来れば、一番いいと思います。でも、臨床心理士のカウンセリングがすぐに受けられる環境であるとは限りませんので、日頃から健康チェックカードを使って気軽にストレスチェックをしていただきたいと思います。
 
心理士 教職という仕事の性質上、“公人”として生きていくことが求められ、そうであろうとしている人は多いと思います。教員とはいえ一人の人間であることが大前提です。私人として自分の健康を守っていただき、公人として活かしていただきたいと私は思います。
 
心理士 学校の先生は、教育者であるとともに子ども達の支援者です。それは東京も被災地も関係なく共通のことで、教員が悩みを持ったとき自分ひとりで抱え込まずに上手に相談につなげるシステムをつくることは、将来を担う子ども達を健やかに育てていくために重要な課題だと考えています。

今回、私たちにとって初めての試みとして被災地の教職員のカウンセリングをさせていただきましたが、面談を通じて貴重なお話を伺い、先生方と子ども達の絆の強さに感銘しました。カウンセリングを受けた方がすっきりとした表情で面談室を出て行かれる姿を見て、今後、必要なときにスムーズに相談できるような機会が被災地の教職員の方々のメンタルヘルスのためにも増えていけばと思っております。  

臨床心理士の東日本大震災の支援活動を特集した「教職員互助会報ふれあい臨時増刊号」を差し上げます。訪問レポートや先遣隊の座談会など記事に関心のある方は、郵便又はファックスで送付希望をご連絡ください。

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